2002年 05月 02日
原稿執筆:消費生活アドバイザー 吉井 都子
突然ですが、皆さんは「裁判」をしたことがありますか?
普通に生活していれば「裁判」なんて縁もゆかりもないと思います。
私も自分自身が「裁判」に関わるなど想像もしていませんでした。
それが、昨年長女が結婚したことがきっかけで「裁判」を体験することになりました。
「平成13年(ハ)第1709号敷金返還請求事件」の始まりです。
簡易裁判所に訴えを起せる
民亊訴訟は、
判決によって解決を図る手続きで
請求金額(訴額)が90 万円以下の場合
少額訴訟は、
1回の審理で行う迅速な手続きであるが、利用できるのは
請求金額(訴額)が30万円以下です。
私の場合は民事訴訟にしましたが、どちらが良かったのかは、裁判が終わった今でも?です。
昨年8月、娘が1年5ヶ月入居していた福岡県久留米市のアパートを退去することになりました。
家賃は月額65600円(600円は町費)、敷金は家賃の4ヶ月分26万円を払っていました。
一般の賃貸住宅の契約には、必ず借主に対し退去時の「原状回復」義務が定められています。娘の「建物賃貸借契約書」(以下契約書)には
「補修分担金」第13条 乙は本契約が終了し本物件を明渡す際、畳の表・畳の裏替え、クロス、襖、障子の張替え、清掃等の償却費に充てるため、補修費分担金を標記の通り支払うものとする
とありました。
補修費分担金支払い割合、退去時家賃の3ヶ月分
つまり65000円×3=195000円を払うことになります。
敷金とは、賃貸借契約の終了時に家賃の滞納をしたり、建物を傷つけたり壊したのに、賠償しない時に、それを担保する目的で家主に預けるものとされていますから、普通に生活していれば返金されるはずです。
しかし、娘の契約は借主と家主の間で敷金の返金トラブルを避けるため、初めから一方的に3ヶ月分は返金しない(敷引き)契約書だったのです。
引越しの手伝いに行き、隅々まできちんと掃除をしました。
娘は三交代制の看護婦の仕事をしていたので新築の部屋は入居時と変りなくきれいでした。 8月16日引越し、30日鍵を返し、明渡しに行った時、部屋への立会いをしてほしいと不動産業者(以下業者)に頼みましたが忙しいと断られています。さらに 8月30日に明渡しをしているのに9月分の家賃が引き落とされました。
10月になり娘から敷金の返金を業者に電話したところ、「契約書通り」と答えたと聞いたので、私から原状回復費用の明細書を要求しました。 業者は「敷引きなので出さない」と言いました。
交渉の余地がないので裁判の話をすると、「家主は農家の人で何も知らない。自分もよく分からないので裁判してもよい。判決後に敷金1ヶ月分と9月家賃の半分を払う。」という返事でした。
11月、『簡易裁判所の「敷金返還請求の訴え」を起したい方のために』を参考に郵便切手、印紙等を用意して福岡簡易裁判所に出かけました。
『簡易裁判所の~ために』は訴状の作り方、裁判所に提出するもの、記載例等が詳しく書かれています。この他に裁判所には備え付けのリーフレットがあり、ビデオも見ることができます。
私の場合裁判所で訴状を書いたのですが、悩んだのは請求の趣旨(被告に請求する金額)でした。敷金は26万円。30万円以下の少額訴訟にするか民亊訴訟にするか微妙な金額です。それは、少額訴訟だと判決に不服があっても異議申し立てに限られるからです。この際、民亊訴訟を体験してみるのも好い機会、控訴も考えられるし、勉強するつもりで手間ひまはかかりますが通常訴訟にしました。
「8月16日に退去し30日に鍵を返し明渡しをしているのに9月分の家賃の引き落としがあった。敷金26万円と9月分の家賃65600円 合計325600円を返せ」としたのです。
訴状はこちら表示
訴状は原告(本人)以外でも書くことができます。書類の送達場所も届出ができます。300円の印紙を貼付し「代理人許可申請書」を提出すれば代理人になれます。
訴状の書き方については、福岡簡易裁判所の人が親切丁寧に教えてくれ、チェックもしてくれました。 訴状を書き終わりチェックを受けている時、契約書に管轄裁判所の定めがあることが分かり、久留米簡易裁判所に行くことになりました。
11月14日エリアマップ片手に 訴状、添付書類(賃貸借契約書・国土交通省住宅局「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」一部コピー・啓発資料のコピー)、代理人許可申請書を持って久留米簡易裁判所に出かけました。係の対応は福岡の方が親切丁寧でした。
下記費用は,訴える側(原告)が最初に支払う費用で,裁判に負けた方が負担します。
30万円まで
5万円まで毎に 500円
100万円まで
5万円まで毎に 400円
300万円まで
10万円まで毎に 700円
訴状の副本を相手方に郵送するための費用,
出頭を命じる際の呼び出し費用
相手方一名につき6400円程度
証人一人につき7000円の日当と交通費
証拠品の鑑定や,証拠事実の検証のための費用
12月、「口頭弁論日呼出状」が特別送達で届きました。
平成14年1月15日11時、いよいよ裁判の始まりです。
その前に、正月気分の抜けきらない1月5日、裁判所の書記官O氏から電話がかかってきました。
「被告から答弁書*がでている」内容は・・・・・・・・・・。
*答弁書とは訴訟法上、被告または被上訴人が提出された訴状に対して、申し立ての排斥を求める反対申し立てやその理由を記して裁判所に提出する書面。
今思えばこれが和解を促す最初の連絡でした。
答弁書は「11月21日に敷金1ヶ月分と9月家賃の半額 計102435円を振り込んだ。退去後のメンテナンス費用として62790円かかったので、敷引き195000円のうち132210円は支払う準備がある」との内容でした。
書記官O氏は、被告側は敷引きではなく、原状回復費用を敷金から引き、残りは返金する。「好い条件ですよ」とは言いませんでしたが、そう聞こえたような気がしました。
しかし、送られてきた答弁書のメンテナンス費用62790円の内容は
畳の表替え 6枚 ・・・ 19800円
壁補修及び洗浄 一式 ・・・ 9000円
清掃 一式 ・・・ 20000円
シリンダー交換 一式 ・・・ 11000円
計 59800円
合計= 計 + 消費税 =59800円+2990円= 62790円
答弁書はこちら表示
私は「敷金とは、原状回復費用とは何であるか」で争っているのに、このメンテナンス費用の内容は許しがたいものでした。 手書きの準備書面*(答弁書に対する反論)と娘の姓が変わっていましたので住民票を裁判所に送りました。
手書きの準備書面はこちら表示
*準備書面とは民事訴訟において、当事者が口頭弁論において陳述しようとする事項を記載して、あらかじめ裁判所に提出する書面。
1月15日当日、濃霧でJRが1時間以上遅れ心配しましたが、10時に裁判所に着きました。私の裁判は11時からです。廊下で待つことにしました。
10時から11時まで20件の事件がありました。廊下に原告、被告、事件内容が張り出されるのです。20件全てが貸金事件でした。
11時からは15件の事件です。その中で異色事件の私は、法廷に入り原告席に座りました。被告は出廷していません。
まず、裁判官から金額に間違いないかと尋ねられました。間違いないと答えたのですが、訴状提出後に102435円の入金があったので、請求額325600円を223165円に改められました。
裁判官は業者が出した答弁書の「本件契約における敷引きを無効とするにしても」の「するにしても」にこだわっていました。「するにしても」は無効ではないと言うのです。
私は答弁書を読んで敷引きは全額返金することに同意することだと思ったのですが、裁判官は返金はするが契約上は無効と認めてないとの解釈でした。
したがって契約書の敷引きは無効ではないのだから、答弁書の条件(メンテナンス費用を支払う)で和解しなさいとの思いをこめて「無効とするにしても」を繰り返すのです。 私は私で「原状回復とは何か」にこだわっていますので、和解するとは答えませんでした。
法廷の原告席に座ると緊張して、思っていることが言葉としてでてきませんでしたが、妙に冷静な部分もありました。 裁判官は提出した書類を細かくは読んでいないという印象を受けました。なぜなら最後に私が原告本人ではなく、代理人らしいと気付いたからです。
書記官が代理人に必要な書類は提出されていると言い、提出書類を確認していました。 結局、次回は2月12日の最終11時30分にすると決められました。その間約5分余り。5分余のために往復4時間を費やしたのでした。
私の質問は「次回も被告が出席しないとどうなるのですか?」だけでした。それに対する答えは、裁判官が書記官に小声で都合を聞いて・・・・・・。後は聞こえませんでした。
この法廷で私の手書き準備書面に対する被告主張の準備書面を受け取りました。書面を見て、自分の手書きの簡単な内容では負けるかもしれないと思い、今度は文章も考えワードで作成した書類を2月4日裁判所に送りました。 裁判所に提出する書類は裁判所と被告すべて2通用意します。
被告(貸主)準備書面はこちら表示
ワードの準備書面はこちら表示
2月12日原告、被告双方出廷しての裁判です。
11時30分裁判官の左隣には司法委員が座っています。
裁判官から質問がありました。
質問の意味が理解できませんでしたが、敷引きについて尋ねられたのだろうと思って「敷引きの要件を満たしていない」と答えました。
どうも違っているみたいで、原状回復の事に関する質問だったかも知れません。
裁判官が被告に「敷引きと言ってもこれは原状回復費用ではないかと原告は言っている」と伝えました。
何を答えて欲しいのか、裁判官の質問の意味も分からず答えた私も私ですが、きちんと理解できるような聞きかたをして欲しいと思いました。 被告は「契約をしている」と答えました。被告は家主ではなく、業者が出てきていました。裁判官は私に和解に応じる意思のあることを確認し、司法委員*を交えて話し合いをするようにと言いました。
*司法委員とは簡易裁判所の民事事件について、審理に立ち会って意見を述べ、和解の勧告の補助をする者。一般人の中から地方裁判所が選定し、さらに簡易裁判所が各事件について指定する。
場所を1階に移し円卓を囲んで司法委員、原告、被告の話し合いが始まりました。まず、委員から、「原状回復をめぐるトラブルのガイドライン」があることを最近の勉強会で知った。敷引きは無効としている裁判が多い。私的意見だが鍵代を請求するのは行き過ぎのように思う。以上のことから鍵代を返金するのはどうですか。」との提案がありました。
私は了解しました。
被告は「契約していることはどうなのですか」と応じません。
再三委員から被告に対して説得がなされましたが、被告は「契約している」との主張を繰り返すばかりです。
私は敷金、原状回復、家賃についての考え方を話しました。この考え方を理解していない人を説得するのは難しいことでした。
委員と私とで繰り返し説明するのですが被告は「契約している」と繰り返すばかりです。堂堂巡りの1時間30分に及ぶ話し合いは決着がつきませんでした。
裁判官と書記官が部屋に入り
「これ以上話し合いをしても解決には至らないので判決します」
「原告は何歳ですか」と聞かれました。
「現在27歳です」と答えると裁判官は「契約時25歳ですか」妙に早い計算でした。
「3月5日10時に判決を言い渡しますが原告、被告双方出廷しなくても良いです。判決文は郵送します。」とのことでした。
3月5日に判決は出たはずですが、判決文が送られてきません。
7日朝、書記官O氏から判決文を送りたいが、預っている切手代では足りない。不足分1630円の切手を送るようにとの電話がありました。
9日12時45分、待ちに待った判決文が届きました。
判決の概要は、敷金は全額返金するが、9月分(13日間)の家賃とメンテナンス費用62790円を支払うようにというものでした。
読んだ瞬間「負けた」と思いました。
判決文 主たる争点、裁判所の判断はこちら表示
最近敷引きを有効とした判例もあるので、この判決は私にとって悪い方ではないと言う人もいます。
しかし、私は「敷引きは無効」、「メンテナンス費用は原状回復にはあたらない」との判決を望んでいました。
和解の話し合いの場では、敷引きは無効、メンテナンス費用の一部を返金するということで被告を説得していたのです。メンテナンス費用の全額は無理にしても一部を返金する、との判決を期待していました。
しかし娘の契約時の年齢 が25歳の成人であり、契約の意義を理解していたものと解された判決だったため、私は控訴を断念することになりました。
娘が出廷していたら、裁判所が福岡であったら判決は違っていた可能性があります。代理人である限界を感じました。
判決に不満は残りますが契約をした責任があることは確かです。
しかし、借りる側は契約の変更は言えない常に弱い立場にあるのです。裁判官はこのことを理解して欲しいと思います。
最後に、賃貸契約を行う場合、不動産業者を選ぶことが一番重要になります。敷金を交渉するのは家主ではなく、業者とすることになるからです。家主との関係を重要視するあまり、時代の変化についていけていない業者は、いくら物件が良くても契約するのは止めましょう。
この体験がこれから賃貸契約をする人、退去(転居)する人の参考になれば幸いです。
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裁判お疲れさまでした。
でも、「家賃の3ヶ月分の補修費(原状回復費用)はおかしい!」と声を上げ、裁判を起こさなかったら195000円は返してもらえなかったわけですし、何より納得がいかない、おかしいと裁判で不動産業者にきちんと主張したことの意味が大きいですよね。消費者はいつもおとなしく黙っているわけではないのです!
賃貸契約のトラブルで多いのが、このように補修費が不当に高く、預けてあった敷金と相殺され、戻ってくるべき敷金が返金されないという事例です。
裁判の判例でも、国土交通省住宅局「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」でも「原状回復とは、通常の使用方法により使用していればそうなったであろう状態であれば、使用開始当時の状態より悪くなっていたとしても、そのまま貸主に返還すればよい」と考えられているのに、貸主のほうは「借りた当時の状態に戻す」のが原状回復と考えているようです。
借り手としては敷金を人質にとられているので、「補修費が高い。敷金を返して」と言うだけではなかなか返してもらえないのが現状のようです。納得いかないけれど「しかたがない」と諦めてしまう人も多いのではないでしょうか。
裁判は大変だけれども、納得できないことはきちんと「おかしい!」と言い、行動を起こすということは大事なことですよね。(ビスネット)