2002年 12月 18日
-ふくやの成り立ちについてお聞かせください。昭和23年、韓国から引き揚げてきた両親が中洲市場で食品販売店を始めました。
商品の一つとして新しいものを売りたいと考え、辛子明太子をつくりました。
韓国ではキムチの中にタラコを入れますが、日本人の口に合うようにタラコを辛子の中に入れたんです。
翌年から、人気商品であった生玉子と味の素の間に辛子明太子を置いて、一腹単位で売っていました。
しかし、当時は商品の中の一つではありましたが、そんなには売れていませんでした。
昭和35年以降、父がPTA、町内会といった地域活動の場に明太子を持っていくといった、明太子を知ってもらう努力をしていたこともあって、宣伝はしていませんが口コミで広がっていきました。
昭和36,7年頃よりサラリーマンが福岡出張のおみやげとして明太子を買うようになり、本格的に包装紙をつくり、箱詰めにして売るようになりました。
そうです。父の代から卸しはやらないという方針だったので、卸しをさせてほしいといわれたところには、自分でつくったらいいといって作り方を教えていきました。
卸しをしないのは、原料の鮮度が落ちるからです。
生で食べてもらいたいので、鮮度が大事です。
また、卸しをすると販売量の管理が自分でできなくなります。
お客さんと直接相対していると、売り切れてもすみませんと言えますが、卸しをするとそれができませんので
昭和54年は2店舗しかありませんでしたが、新幹線が開通し、明太子の売上も急速に伸びました。
とにかく明太子が売れに売れた時代でした。
父はいいものを安く出せばお客様は来るという信念があり、製造中心に考えており、販売は営業任せでした。営業は今までセールスに行っていたのが、行かなくてもお客様の方がどんどん来るので、応対が悪くなり、お客様とのトラブルが多発しました。
このとき販売シェアが3番になっていましたので、今後は販売に力を入れることが重要と考え、店舗戦略、社員改革に力を入れることにしました。
お客様は同じような商品を買う場合、応対の良い、良い人間関係ができている店を選びます。
店頭での接遇が勝負です。お客様に気分よく買い物していただくために、会社の体質を変えることが急務と考え、それから女性社員の採用を始め、店舗数を増やしていきました。
数を多く出すのではなく、その季節にとれるもので、明太と味のなじむものを作っています。
今後はもっとブランド力をアップさせ、商品以上に「人」がさき、人中心の企業でありたいと思っています。
理念としては、地元、地域とのつながりをもっと大切にし、貢献していくために売上を増やしたいと思っています。
当社はお客様に育てていただいております。
商品の改良、新商品開発などにお客様の声を反映させたり、要望が大きかった送料無料の期間を設けるなどしています。
お客様からのご意見等はハガキでいただいておりましたが、メールやボイスメールを使ってより多くのお客様の声を聴いて、よりよい商品、サービスを行っていきたいと思っています。
数ある明太子やさんの中で、直販にこだわっていらっしゃるふくやさん。
一消費者として強い信頼を感じます。
ちょっと照れ屋の川原社長ですが、このたび福岡県の第1回男女共同参画企業表彰を受けられた会社の社長とあって、女性を活用される思いが強い社長です。
今後も地域の企業さんとして消費者といい関係を築き続けていただきたいと期待しています。
平成14年11月23日、福岡県女性センター"あすばる"のあすばるフェスタにおいて、第1回福岡県男女共同参画推進の表彰式がありました。
企業、団体、個人表彰合わせて6人の方々が壇上で麻生福岡県知事から表彰状を受け取られました。
ふくやの川原社長は、育児休業取得率100%企業ということで企業賞を受賞され、満面の笑顔で一番初めに賞状を受けられました。
受賞インタビューの中で川原社長は、「男性、女性関係なく、企業は優秀な人に残ってもらいたい。そのために当社は育児休業を取ってもらってまた復帰してもらっている。当たり前のことをしているだけ。将来は、公の保育園で足りなければ、企業内保育園も考えている」と答えられ、会場から拍手が沸きました。
良い商品づくり、店づくりだけではなく、人材育成にも力を入れていらっしゃるふくやさん。
私たち消費者はこういう企業を応援していかなくてはならないのですね。
会社概要
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