2016年10月 松屋利右衛門
2016/10/31
「松屋利右衛門」は、初代が江戸時代に鶏卵素麺を考案し、以来340年余りもの間作り続けてきたお店です。福岡市に残る最も古い和菓子店としても有名でした。
しかし近年倒産してしまい、工場の土地・建物も売却しました。現在福岡市内のデパートで鶏卵素麺を販売しているのは、工場を購入した他の菓子メーカーです。
ところが事情を知らないお客さんから「味が変わった」と問い合わせがあったり、永くお茶の席で使っていたお寺から「やっぱり松屋さんがやらないかんもんね」と背中を押されたことなどから、松屋の歴史は自分たちだけのものではない、やめてしまっては、ご先祖様にも長年のお客様にも失礼にあたると考えた当主十三代松屋利右衛門さんが、再興に踏み切りました。
鶏卵素麺とは
鶏卵素麺の原型は、ポルトガルのお菓子「フィオス・デ・オーヴォス(卵の糸)」です。初代が長崎で見かけて惚れ込み、博多へ戻って完成させ、鶏卵素麺と名付けて売り出しました。
素材は卵と砂糖のみ。製法も、糖蜜を煮立たせて泡立ったところへ卵黄を細く流し入れるという、いたってシンプルなものです。そのため、ごまかしが一切ききません。
糖蜜の泡がふわふわと気持ちの良いじゅうたんのような状態になるのが理想ですが、泡は本当に気分屋です。鍋はもちろん季節・気温が変わってもだめ、プロパンガスから都市ガスへ変わってもだめ、そばを人が通ってもうまくいかなくなるため、あらゆる影響を受けにくい、隔離された場所へバーナーを設置し、さらに熟練した職人の細やかな調整が必要です。
再出発にあたっては「不易流行」の精神で
再出発にあたっては卵選びに難航しました。なかなか求める味にならず苦戦していたところ、親子3代にわたって40年以上もファンでいてくれる東京のお客さんが、ある養鶏場を勧めてくれました。ちょうど同じころ、信頼している福岡のフレンチシェフが推薦してくれたのも、全くの偶然で同じ養鶏場。縁を感じて早速卵を取寄せました。
しかし、卵黄の色が以前使っていたものより濃い卵でした。従来の鶏卵素麺は色が薄かったので、出来上がりの色が変わってしまうことにためらいを感じつつもその卵を使ってみると、目指す味になりました。
そこで思い出したのが松尾芭蕉の「不易流行」という言葉です。たとえ変化があっても目指すところ、本質は同じ。今の自分たちが美味しいと思うものを作ることで、鶏卵素麺の伝統を長らえさせることができると考え、その養鶏場の卵を使うようになりました。
鶏卵素麺の楽しみ方
鶏卵素麺には抹茶、日本茶を合わせることが多いですが、実はコーヒー、紅茶も良く合います。もとをたどればヨーロッパ発祥のお菓子なのですから当然ともいえます。
故・森光子さんも、鶏卵素麺がお好きでした。牛乳を飲みながら食べることが楽しみだったそう。自分の好きな飲み物と一緒に好きなように食べるのが一番です。
アイスクリームに鶏卵素麺をのせて上から古酒をかける、という食べ方や、オレンジピールやレモンピールを添える、という食べ方もおすすめです。
わいわい塾では、当日朝焙煎の炒りたて・挽きたて・淹れたてのコーヒーと一緒に、鶏卵素麺を試食しました。
これからの松屋利右衛門
再出発してから、福岡、九州はもとより北海道、沖縄、海外からも注文が届いています。注文内容に一言「再開を待っていました」「子どもの頃よく食べた」「祖母が好きなお菓子でした」などつけ加えてくださる方が多く、お客さまがどのような気持ちで買われているかを知り、たくさんのお客さまが覚えていてくださったこと、ネットで探してまで注文してくださることへの感謝とともに、一層「味を守るため、手を抜かない」という思いを強くしています。
福岡市中央区桜坂の工房への直接注文以外には、福岡空港第2ターミナル内の玉屋売店、JR博多駅デイトス1Fみやげもん市場の「日本市」というお店で販売しています。
デパートでの販売は、福岡では別の「松屋」さんが入っているため、思い切って東京の高島屋デパートを訪ねてみました。すると思いがけず、和菓子の世界では有名な名物バイヤーさんから「おかえりなさい!」と迎えられました。現在、日本各地の高島屋デパート「銘菓百選」コーナーで販売されています。
参加者との質疑応答
なぜ素麺の形をしていますか?
細くすることで卵が蜜を吸って美味しいお菓子になります。細くするために、円柱の底に穴を開けた道具を使っています。
以前はお得な「切り出し」をよく利用していた。今はどこで買えますか?
博多デイトス「日本市」や、福岡市中央区桜坂の工房で購入できます。
美味しいが一度にたくさんは食べられない。保存はできますか?
冷凍保存ができます。一度で食べ切る量へ小分けにしたら、乾燥しないように注意して冷凍庫へ。半年ほどは大丈夫です。
感想などアンケートの声 (一部)
- 伝統を守る重さと、それを継続する大切さ、時代・ニーズにこたえる柔軟さと、相反するようなことに身をもって対応している姿勢に、とても好感を持ちました。
- 想像していたよりずっと卵の味がして美味しかった。オレンジピールとあわせて食べてみたい。
- 鶏卵素麺=甘い、というイメージが変わりました。卵黄と蜜だけで作られていて味わいのあるお菓子だと思いました。
- 博多老舗の再興を具体的にうかがえて良かったです。お話しの通り、菓子を通じて人のため、世のためこれから大いに努力してほしいです。
- 鶏卵素麺に対する必死さがひしひしと伝わってきました。まだお若いのでぜひ頑張ってほしい。今日はコーヒーと一緒にいただき、びっくり。ブラックと合いました。日本茶が一番と思っておりました。
- 人との出会いが道を開けていくのだと、とても興味深くお聞きしました。
- より美味しいものへとの挑戦、材料へのこだわり、追及の姿勢がとてもよくわかりました。
- 40年前の帰省時のお土産は、いつも松屋のお菓子(祖母の大好物)でした。13代の成功を祈念しています。
- お若いのに、歴史をお聞きしているとすごい情熱を感じます。今の時代、多種多様な品が出ていますので、大変なご苦労と思いますが、ガンバッテください。
- 甘さはちょうどよい。福岡の大切なお菓子を次世代に継いで行ってください。
- 伝統菓子へのこだわり、ご努力。お話しにとても感動いたしました。これからはもっと感謝の思いで、このお菓子をいただきたいと思いました。
- デパートで売っている「松屋」は別の会社と知れて良かった。